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操体医学研究所 今治療室
 
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温古堂ものがたり写真・操体医学研究所 今治療室
1.おんころや先生
2.俺怒ってるんでネェんだ
3.操体法
4.サカサマ 不思議
5.何んぼ言ってもワガンネェ
6.パンク
7.捻挫
8.くすぐり
9.ア・イ・ウ・エ・オ
10.クシャミ

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8.くすぐり・温古堂ものがたり・操体医学研究所 今治療室     翁先生・温古堂ものがたり・操体医学研究所 今治療室

翁先生の座っている所から2.5メートルくらい離れた本棚の上に、つゆくさ色のきれいな花がニコニコしている。
この花は、やさしい患者さんが、翁先生の花好きを知っていていつも飾っていってくれるのだ。

「花はきれいだなぁ」翁先生はいつもこういって感心している。
そして、その花の隣には50センチぐらいの観音様と藤田先生の写真がたてかけてあって、いつも翁先生を見張っている。
そのせいか最近翁先生は患者さんを大声を出して怒鳴ったりしなくなった。

みんなで花をみながら「花は何を考えて咲いているんだろうねェ?」などと話していると、○○ですけどォー、と患者さんがやって来た。
カルテをミヨちゃんがだしてくれ、それを私が翁先生の所まで運び、サインをもらうのだ。

サインといっても野球のサインの様にベルトに手を掛けたり、ボウシをつまんだりといった難しいものではなく、翁先生がカルテをみて、お茶のそばのペン立てから赤マジックを取って、症状などが書いてある所をクルッとマルで囲んだり、アンダーラインを引いたりしてくれるといった、そんなやりとりなのである。


この患者さんは農業をしている50代の女性で、腰が曲がってピンと背すじが伸びなくて全身至る所が苦しいと訴える人だ。
それに腰とのバランスをとるためか、腕はいつも体の後ろにあり、歩くときも手はオシリの方にジッとしている。

ベットに寝てもらい基本的操法をあれやこれやとやってみるのだが、本人言うには全然気持ちいい動きがわからなく、脱力する事すら難しいという。
だから腰掛けてもらってやったりもしたし、トイレット操体も、四つんばいもやったがどれもこれも気持ち良くなくて苦しいというのだ。

私もハタと困ってしまい、何かいい方法はないものかと翁先生の方に視線を飛ばしたりするのだが、翁先生はいつもの様にお茶を飲んだり新聞見たりで忙しそうにしていて何も教えてくれそうもない。
私だって翁先生に聞けば答えはいつもきまっていて「気持ちいい事やればいいんだ」と返ってくる事をちゃーんとわかっている。


私はふと考え、腹式呼吸をやってみる事にした。
○○さんは、懸命にお腹をへこませたり膨らましたりやっている様だったが、仲々うまくできない。
と言うよりも気持ち悪くて気持ちいいどころではないというのだ。
私としても苦しくてもいいから腹式呼吸をやりなさい!などと翁先生も見張っているから言えないし、これ又困ってしまった。

こうなってくると、もうあの手しかない!と私は心に決め、一番痛い所を押さえておいて、その痛みから逃げ動いてもらうといった、ちょっと可哀想だけど、私自身は痛くないやり方だ。
しかしこの一番痛い所を捜すのがとても難しく、この人は首の後ろは痛がるし、背中も腰も膝ウラも、足の甲までどこを押さえてもみーんな痛がって顔をしかめるのだ。

私も顔では冷静さを繕って、そうかそうかとも言わんが表情をしているけど、内心はどこを押さえて逃げてもらおうか?とこまっているのだ。
普通の人なら逃げる動きや表情、しこり具合などから、なんとなくこの辺がポイントだなァーなどと判断するのだが、この○○さんのような人はホントに難しい。


仕方なく私は最後の手を使う。
「○○さん、どの辺が一番イヤな痛みでした?」と聞くのだ。
すると、「背中のあたりです。」と教えてくれた。
うつぶせのまま、私は背中をあちこちなでるように歪みをさがす。

「この辺かな?」とか聞きながらクリクリ押したりグリグリ押したりしてみる。
私の指先が痛そうな所をみつけた。
「ここ痛いでしょう」と私が言うより先に○○さんの体はその痛さから逃れようと動いた。
腰をひねって、肩をつっぱらせている。
完全に無意識の逃避運動だ。

私は押している指先のしこりがスッと消えるのを感じると共に「ハイそのままの格好でいて下さいよォ」「ホラ、ここの痛み消えたでしょう」と言いながら、グリグリ押してみせる。

○○さんは自分がどんな格好になって逃げているかなど考えてもいない。
へっぴり腰で肩を突っ張らせた姿が10秒近く続いた。

私は「抜きたくなったら、全身の力を抜いていいですよ」といって脱力したときの準備をする。
準備といっても、○○さんが脱力したときに、背中を押している力をスッとゆるめるだけで、そうたいしたことではないのだ。

2〜3秒して、○○さんがジィーッとためていた全身の力をガクッと抜き、フウーッとため息をついた。
そして又背中をクリクリと押してみた。

最初よりシコリが小さくなっている。
○○さんも「大分痛みが少なくなってきました。」という。

結局この逃げてもらう動きを3回程やったら、背中のシコリは消えてしまった。
「立って歩いてみて下さい。」と私が言うと、肩のあたりをちょこちょこ動かしため息ひとつついて「軽くなりましたー。」と腰はまだ少し曲がってはいるが、ニコニコしている。


そしてこんなことを言い始めた。
「センセ、私ここに来るとうーんと楽になるけど、家に帰ると又悪くなるんですよォー。どうしてなんでしょうねェ」と考え込むように私を見るのだ。
私としても、これといった確かな原因などわからないから、少しづつ手足の使いかたや、立って動作するときの体重の移動の仕方などを覚えていただく。

そんなこんなでまずは終了となる。



2〜3日して又○○さんがやって来た。
そして又こういうのだ。
「センセ家に帰ると苦しくて痛くてェ……ここで教えてもらったこともやってみるんだけど、ぜんぜん気持ちいい動きはないし、ひとりでやっても楽にならないんですぅ」とやっぱり腰を曲げて訴えるのだ。

フムーッと考えた私は、もうあれをやってみるしかないなと心を決め、そそくさとその準備にとりかかった。

「そのままうつぶせになっていていいですからゆっくり深呼吸していて下さい。」といって私は○○さんの足うらをジィーッと見つめている。
くつ下に穴はない。


くつ下というのは、履くときに穴の有無などあまり観察しませんよね、まして足の底だしね。
ところが治療のまねごとをしていると、けっこう穴のあいているやつを堂々と履いている人がいるんですよ。
先日なんかもううつ伏せの繰法をしていて「ハイ足を伸ばして下さい」なんて私がいったとたんにくつ下の穴が目について……。
私としては「穴あいてますよ!」などと教えてあげる訳にもいかず、困ってしまいました。
でも、くつ下の穴ってやつは、どうしてか見るとおかしくなりませんか?などと人ごとのように言っている私も今にも穴のあきそうなくつ下を履いている時があって、よくミヨちゃんに注意されることがあるのだ。


……ものすごく話が脱線してしまいましたが、さてさて、心に決めたことというのは、子どもなんかによく使われるクスグリなのです。
大人をクスグルというのはちょっと抵抗あったのですが……。

画像・温古堂ものがたり・操体医学研究所 今治療室

私のひとさし指はうつぶせになっている○○さんの足のうらをカカトの方からススーッと最初は棒線でも引きかのようにかきおろした。
ピクピクとからだが動く。

私はしんそこ真面目な顔で、「どうですか? くすぐったいですか?」などと聞いてみる。
そして、「どっちの足がよけいにくすぐったかった?」とたずねた。
○○さんは、はにかみながらも「左です」とニコニコ教えてくれた。

私は「ハイわかりました」などと言いながら、左足うらをおもむろにかきむしるかのようにくすぐったのだ。
○○さんは左足もグググッと引き込み、足首はけいれんでもするかのようにひくひく動いている。

そしてベットの上で、ほとんど遠慮などする様子もなく、大きな声をお腹の底から書き出すかのようにキャーキャーころげ回って大笑いだ。


10秒ぐらいくすぐっただろうか。
私は手を離し、「ハイ、大きくため息でもついて休んでいて下さい。すごくくすぐったかったでしょう。」などと言いつつ私までおかしくなって笑ってしまう。
それにつられて、見学の学生さんなどもここぞとばかりに思いっきり笑うし、翁先生も、思わず新聞をポイと置き、みんなで笑いを共にする。

そこで翁先生が一言

    「無意識の動きっていうのは、

    みーんな
    バランス取る動きになってるんだ」

と○○さんに説いている。

私も少し笑いながら、「立って歩いてみて下さい。」というと、○○さんははにかみながらモジモジとベットから降り、ヒョコンと立ってスタスタ歩き始めた。
晴れ晴れしい表情で腰まで伸びてシャンとしている

「あれぇー、すごく楽になりました。今までで一番楽になったみたいです。」とヒタイの汗をハンカチで拭きながら喜んでいる。

私は「今みたいに無意識の動きは、体を治す動きだから家に帰って、体中のどこでもいいから、くすぐったい様な所をコチョコチョくすぐってもらって、何も考えなくていいから笑い動いてみて下さい。
でもあまりやりすぎるとゴウモンになるから、ほどほどにして下さいね」と言って終了した。

私はこの○○さんからたくさん教わったが、一番勉強になったことは、いつも頭では理解していても、その事をいざ行動に移してやってみる事が、どんなに大切だかということだった。


翁先生はいつも教えてくれる。

    「ウソかホントかやってみろ!」とね。

 

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初出 研究誌「操体 SOTAI」1986年
『操体法治療室』三浦寛・今昭宏/共著 第一章「温古堂ものがたり」  たにぐち書店
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